KIT : 1/700 FUJIMI IJN AIRCRAFT CARRIER KAGA 1941 TOKU-48
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JULIETT – HOTEL – FOXTROT – PAPA (KAGA CALL SIGN)
加賀
加賀(かが)は、大日本帝国海軍の航空母艦。1942年(昭和17年)6月のミッドウェー海戦で沈没。
加賀の艦名は石川県の旧令制国名加賀国にちなんで命名された。空母であるにもかかわらず艦名が旧令制国名のままとなっているのは、艦種変更に起因し、かつ当時は航空母艦の命名に関する明確な規定が無かったためである。艦内神社は白山比咩神社。なお戦後、この艦名は海上自衛隊のいずも型護衛艦2番艦「かが」に引き継がれた。
三段式空母 加賀は、ワシントン海軍軍縮条約の結果建造中止となった加賀型戦艦を改装した大型空母であった。 ワシントン海軍軍縮条約による主力艦の制限下、補助的艦種としての航空母艦の運用が研究され始めた。そんな中で行われた2隻(加賀、赤城)の改造ではあるが、当時日本海軍には空母の建造経験は小型空母鳳翔しかなく、戦艦や巡洋戦艦からの改装も日本海軍初だった。当初の計画では、全長715呎、最大幅110呎、基準喫水幅101呎3寸、喫水21呎9寸、排水量26,950頓、20cm砲10門、12cm砲6門、12cm高角砲12門、搭載機36、満載状態27.6ノットという規模だった。三層の飛行甲板や艦尾排煙方式などの多くの設備が後に改装・撤去された事実が示すように、航空母艦の黎明期にあって改装作業は模索の中で進められ、1928年(昭和3年)3月31日竣工した。
艦形の決定の際、同じく他艦種から改造されたイギリス海軍の二段式航空母艦フューリアスの影響を受けてか、赤城共々、三層の飛行甲板を持つ三段式(雛段式)空母案が採用された。上段を離着艦用、中段を小型機の発艦用、下段を大型機の発艦用とし、航空機の機種・用途に合わせ、甲板を使い分けることが考えられた。
しかし航空機の草創期に設計されたため、運用の実際や航空機の大型化を予測しきれず数々の問題が浮上することとなった。問題となったのは発着用飛行甲板の短さであり、特に中段の甲板で顕著に表れ、ここから艦上機が運用上で発艦することはできなかった。飛行甲板と船体に挟まれた艦橋からは搭載機の発艦・着艦統制が難しく、1932年(昭和7年)には甲板のエレベーター右舷に塔型補助艦橋と、飛行科指揮所を設けている。
また煙突の配置も問題となった。当時保有していた空母は鳳翔1隻しかなく、その運用から舷側に煙突を立てたままだと航空機の着艦操作に大きな影響を与えることが判明する。霞ヶ浦の技術研究所で模型を作ってさまざまな空洞実験を行ったがどうしても解決策を見出すことができなかった。そこで当時参考資料として検討されたのがイギリス空母アーガスである。これは煙路を両舷に沿って艦尾まで導き排煙するという方式をとっていた。当時の造船技術者達は赤城方式と実用性の上で比較するためにこの艦尾排煙方式を強く主張し、加賀の煙突は赤城とは別個のものとして作られることになった。『蓋しこの方が艦中央部に据ゑられた大砲その他諸計器の為には良好であらう。』と謳っていたが、実際には様々な問題が噴出した。ボイラーからの排煙が航空機の邪魔にならないようにと煙路を艦尾まで導いて排煙していたが、長大な煙路の重量・艦内容積の減少に加えて、煙路に隣接する区画の室内温度は40℃にも達したといい、高温により居住に耐えられないという大問題を引き起こした。また、艦尾から排出される煤煙が気流を乱して航空機の着艦を阻害することにもなった。この問題は赤城と同様の煙突方式を取ることで解決を試みようとされたが、折からの軍縮予算で実現されなかった。
なお、この時期の加賀の航空機搭載機数は60機である。
20cm砲10門を装備。これは近接する水雷部隊からの防御のためであり、艦隊決戦では重巡洋艦並の火力である。そのうち、連装砲二基四門は竣工後に中段の露天甲板に配置された。
同様に艦種変更を経た赤城が32.5kt を発揮したのに対して、加賀の速力は実速26.7kt(公称27.5kt) 止まりであった。巡洋戦艦として設計された赤城に対し、加賀は戦艦として設計されたためである。十二基の重油専燃罐と四基のタービンによる出力は9万1000馬力であった。戦艦は重防御で被弾面積の縮小のため船体を短く設計するが、その反面、重量と推進抵抗が大きくなり、高速力を発揮しにくくなる。また飛行甲板も短くなるので空母への改造は巡洋戦艦の天城型の方が適正だったのは否めなかった。
Wikiより GFDL上の著作権表示
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SPECIFICATIONS :
TYPE : AIRCRAFT CARRIER
COMMISSIONED : 1928 FATE : 1942 SUNK BY AIR RAID AT MIDWAY
CLASS : –
NAME : KAGA (PLACE NAMES (ISHIKAWA PREF.) USED DURING THE RITSURYO PERIOD)
DISPLACEMENT : STANDARD 38,200t, FULL ROAD -t, TEST 42,542t
LENGTH : 247.65m BEAM : 32.5m
ARMAMENT : 1935
| PRIMARY GUN | 10×TYPE3 20cm SINGLE GUN |
| SECONDARY GUN | – |
| AA GUN | 8×TYPE89 12.7cm TWIN GUN |
| AA MG | 11-14×TYPE96 25mm MG |
| MG | – |
| ROCKET LAUNCHER | – |
| TORPEDO | – |
| DEPTH CHARGE | – |
| OTHERS | – |
AIRCRAFT :
PLANED : 12+3×A2N (90SHIKI KANJYO SENTOUKI), 36+9×B2M (89SHIKI KANJYO KOUGEKIKI), 24+6×D1A1 (94SHIKI KANJYO BAKUGEKIKI) TOTAL 72+18(AUXILIARY)
1941 : 21×A6M2b ZEKE (0SHIKI KANJYO SENTOUKI), 27×D3A VAL (99SHIKI KANJYO BAKUGEKIKI), 27×B5N KATE (97SHIKI KANJYO KOUGEKIKI) TOTAL 75
1942 : 21×A6M2b ZEKE (0SHIKI KANJYO SENTOUKI), 21×D3A VAL (99SHIKI KANJYO BAKUGEKIKI), 30×B5N KATE (97SHIKI KANJYO KOUGEKIKI) TOTAL 72
ADDITIONAL :
–
LIST OF SHIPS :
–
PARTS LIST :
1/700 フジミ製 日本海軍 航空母艦 加賀 特-48
他
PAINT COLORS :
プラサフ : GAIANOTES GS-03 SURFACER EVO BLACK
船体 : CREOS C32 DARK GRAY (2) 50% + CREOS C62 FLAT WHITE 50% (FOR WETHERING)
リノリウム抑え : CREOS MC219 BRASS
リノリウム甲板 : CREOS C41 REDBROWN (REPLACE C606)
甲板 : CREOS C39 DARK YELLOW、CREOS C43 WOOD BROWN、CREOS C44 TAN (MIX 4TIME MASK PAINT)
帆布 : XF-2 FLAT WHITE 80% + XF-57 BUFF 20%
ワイヤーリール アンカーチェーン : TAMIYA XF-56 METALLIC GREY
錆再現 : TAMIYA X-6 ORANGE, XF-64 (NO MIX)
左舷舷灯と信号灯等 : TAMIYA X-7 RED
探照燈レンズと無灯火信号灯 : TAMIYA X-11 CHROME SILVER
右舷舷灯と信号灯等 : TAMIYA X-28 PARK GREEN
ファンネルキャップ : CREOS C33 FLAT BLACK, TAMIYA XF-1 FLAT BLACK (RETOUCH)
碍子や添加色 : TAMIYA XF-2 FLAT WHITE
短艇防舷物 : TAMIYA XF-52 FLAT EARTH
船体チッピングレタッチ : XF-53 NEUTRAL GRAY
アンカー及びチェーン : TAMIYA XF-56 METALLIC GRAY
他説明所通り
MODEL SIZE :
LENGTH :–mm
WIDTH : –mm
HEIGHT –mm
TIME LINE :
2011年09月01日 完成
2011年05月20日 製作開始
REF.#*-000-00
POST SCRIPT :
ピットロードコンテスト入賞作品
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