IJN VESSELS 1/700 JAPAN

IJN YAMATO CLASS
BATTLESHIP MUSASHI

KIT : FUJIMI IJN BATTLESHIP MUSASHI 1942 TOKU-23


JULIETT – GOLF – BRAVO – ALFA (MUSASHI CALL SIGN)

武蔵
武蔵(むさし)は、第二次世界大戦中に建造された大日本帝国海軍の大和型戦艦の二番艦である。
当時は武藏と表記された。この名を持つ大日本帝国海軍の艦船としては3隻目。
1937年(昭和12年)開催の第七〇回帝国議会で予算が承認され、3月29日に計画名「A140-F6」から「第一号艦」「第二号艦」と仮称された(予算詳細は戦艦「大和」を参照)。
9月8日、海軍艦政本部から三菱重工業に「A140-F6」が正式発注される。 予算見積折衝を経て、1938年(昭和13年)3月29日、「第二号艦(武蔵)」の建造が始まった。
姉妹艦「大和」や「110号艦(信濃)」同様本艦の建造は極秘とされ、艤装員(建造中の艦乗組員)は長崎造船所を秘匿した「有馬事務所」に勤務するよう命じられた。
外部に対しては、さまざまな方法で「武蔵」を隠す手段がとられた。船台の周囲には漁具(魚網等)に使う棕櫚(しゅろ)を用いた、すだれ状の目隠しが全面に張り巡らされた。
姉妹艦「大和」よりも遅れて起工された本艦には、「大和」建造中に判明した不具合の改善や、旗艦設備の充実が追加指示された。
戦艦「武蔵」は、現在までのところ、日本が建造した最後の戦艦である。
1943年(昭和18年) – 4月18日 山本五十六長官が戦死(海軍甲事件)。23日、山本の遺骨と宇垣参謀長が戻る。 第三戦隊(戦艦金剛、榛名)、第二航空戦隊(空母飛鷹)、第八戦隊(巡洋艦利根、筑摩)、第六一駆逐隊、第二七駆逐隊、第二四駆逐隊とともに山本長官の遺骨を乗せてトラック島から横須賀へ帰還。これが武蔵の初任務となった。
1943年(昭和18年) – 7月31日 長崎沖から第五戦隊(妙高、羽黒)、軽空母雲鷹、軽巡洋艦長良、駆逐艦曙と共にトラック島へ向かう。 この頃、不燃対策として家具を撤去する[66]。また甲板を黒に近いネズミ色に塗装し、甲板掃除を行わなくなったという複数の証言がある。甲板士官も、1944年1月の時点で甲板が黒く、ほとんど掃除しなかったと述べている。
1944年(昭和19年) – 6月15日 マリアナ沖海戦参加。
1944年(昭和19年) – 10月22日 レイテ沖海戦参加すべく、ブルネイを出撃。 10月24日 米軍機の集中攻撃を受け、シブヤン海にて沈没。
左右両舷副砲を撤去し、そこに高角砲用砲台が設けられたが、レイテ沖海戦までに高角砲増設工事が間に合わず、25mm三連装機銃を計6機増設している。このため、「大和」とは兵装が異なっていた。
対空噴進砲(対空ロケットランチャー)を探照灯の部分に片舷1基ずつ積んでいたという証言もあるが、実証する史料は発見されていない。
リンガ泊地では、米袋に入れた土嚢を機銃台のまわりに積み上げるなどの出撃準備を行った。
この時「武蔵」だけは塗装を塗り直し、他の艦より明るい銀鼠色となった。下士官兵の中には「艦長四代副長二代の死(四ニ)装束」として縁起をかつぐ者もおり、「武蔵は囮艦なのだ」と不安になる兵もいた。
他艦からも縁起が悪いとみなされていたようである。この塗装が艦隊の命令なのか、可燃物である塗料を始末しようとする武蔵首脳の独自の判断なのかは不明。
1944年10月24日第一次~第六次空襲で大火災を起こす。これ以上の戦力発揮は不可能と判断し、司令部へ救出した、摩耶乗組員の生存者の移乗を打診。 駆逐艦島風に移乗。
19:15 傾斜角暫時増大し左舷12度となり傾斜復旧の見込み無し。総員退去用意下命。軍艦旗降下。 19:30 傾斜角30度。総員退艦命令。 19:35 左舷に転覆、連続爆発2回、艦首より沈没。沈没位置東経122度32分・北緯13度7分・水深800m。

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SPECIFICATIONS :
TYPE : BATTE SHIP
COMMISSINED : 1941 FATE : 1944 SUNK AT BATTLE OF LEYTE GULF
CLASS : YAMATO CLASS
NAME : MUSASHI (PLACE NAMES (KANTO REGION) USED DURING THE RITSURYO PERIOD)
DISPLACEMENT : STANDARD 65,000t, TEST 69,000t, FULL LOAD 72,809t
LENGTH : 263m BEAM : 38.9m
ARMAMENT :

PRIMARY GUN3×45CAL. 46cm TRIPLE GUN
SECONDARY GUN4×60CAL. 15.5cm TRIPLE GUN > 2
AA GUN6×40CAL. 12.7cm TWIN AA GUN > 12
AA MG12×25mm TRIPLE MG > 35
EXPANSION 25× 25mm SINGLE MG
2×13mm TWIN MG
MG
ROCKET LAUNCHEREXPANSION 2×28CELL ROCKET LAUNCHER*1
TORPEDO
DEPTH CHRGE
OTHERS

AIRCRAFT :
5×SEA PLANE, 2×CATAPULT
?×F1M2, ?×E13A

ADDITIONAL :
*1 噴進砲については個人的には非搭載と考えます。
今回の作例設定年代以前ですが、山本五十六長官の棺を武蔵から移した際に、乗艦なさった駆逐艦秋雲元乗組員の方より、甲板はその時点ではまだ通常の木甲板であったコメント頂戴致しました。

LIST OF SHIPS :
大和型:大和 | 武蔵 | 信濃(航空母艦へ改装) | 111号艦(未完成)

4番艦(111號艦)紀伊の名称根拠
戰艦信濃及紀伊の建造工事中止[④計畫に基く戰艦信濃及紀伊は夫々横須賀及呉海軍工廠に於て起工(紀伊は予定より六ヶ月繰上げ)し二重底迄の船殻工事を終つた時期に主として甲鈑の製造遅延の為一時建造工事を中止するに至つたが後日開戰後の軍備戰備計畫の大改變に基き信濃は航空母艦として再現せしめ得たが紀伊は遂に解体することとなつたものである。 との資料記述あり

PARTS LIST :
1/700 フジミ製 日本海軍 戦艦 武蔵 就役時 特-23
1/700 ライオンロア製 大和用エッチングセット
1/700 レインボーモデル製 戦艦クレーンセット
1/700 ファインモールド製 25mm三連装機銃 シールドタイプ
1/700 ファインモールド製 大和武蔵用探照灯セット
1/700 アドラーズネスト製 ボラード各種 (大和用A, B, 小)
1/700 海魂製 12.7cm 高角砲 H018
その他各社レジンパーツ、エッチングパーツ、金属パーツ多数使用
フライホーク製 リギング FH100001
1/700 軍艦堂製 日本海軍 日本海軍25mm機銃側弾薬包筐二型 GK70025
1/700 軍艦堂製 日本海軍 日本海軍25mm機銃側弾薬包 GK70026

PAINT COLORS :
リノリウム押え部分 : CREOS MC219 BRASS
船体 : CREOS C32 DARK GRAY (2) 50% + CREOS C62 FLAT WHITE 50%
リノリウム : CREOS C42 RED BROWN
帆布 : TAMIYA XF-2 FLAT WHITE 80% + XF-57 BUFF 20%
アンカーチェーン : XF-56 METALLIC GREY
他は説明所通り

MODEL SIZE :
LENGTH:–mm
WIDTH:–mm
HEIGHT:–mm

TIME LINE :
2016年1月24日 起工
2015年12月13日 竣工
REF.#A-00X-00X

POSTSCRIPT :

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1942

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