KIT : 1/48 HASEGAWA NAKAJIMA B6N2 CARRIER ATTACK BOMBER TENZAN (JILL) TYPE12 JT61
天山
天山(てんざん)は、日本海軍が九七式艦上攻撃機(以下、九七式艦攻)の後継機として開発・実戦配備した艦上攻撃機。機体略号はB6N。設計・生産は中島飛行機。連合国軍のコードネームは「Jill(ジル)」。
1939年(昭和14年)10月、海軍は制式採用直前の九七式三号艦攻の後継艦上攻撃機として「十四試艦上攻撃機計画要求書」を中島飛行機一社特命で提示した。中島飛行機では、社内名称BKとして松村健一技師を設計主務者とする設計陣が開発に当たることとし、1940年(昭和15年)5月から本格的に開発を開始した。
開発中は当時の命名基準に従い、計画開始年度(昭和)と機種名を並べて十四試艦上攻撃機と呼称されていた。制式名称は「○式艦上攻撃機」となるはずだったが、制式採用直前の命名基準改定で「攻撃機は山に因む名称とする」と規定されたため、1943年(昭和18年)8月の採用時に佐賀県の天山より命名された。
1942年(昭和17年)2月20日にB6N1試作一号機が完成、4か月後の7月19日にB6N1試作一号機は海軍に引き渡され、実用試験が開始されている。
1943年(昭和18年)1月にはエンジンを水メタノール噴射装置の追加によって1,800馬力級となった火星二五型に換装した仮称B6N2の開発も開始されている(海軍からの正式な指示は同年4月)。
航続距離以外の性能全般の向上が確認されたことから、同年10月にはB6N1に代わってB6N2の量産が開始されている。
大直径の護に合わせて雷電(最大幅1.50 m)に次いで太い最大幅1.45 mの胴体を採用しているが、爆弾倉は設けられておらず、魚雷や爆弾は胴体下に懸吊する。前下方視界が九七式艦攻より悪化したことから、視界確保のために操縦員の座席を2倍の高さまで調整できるようになっており、前部風防上面の一部を立てて風除けにすることができた。
操縦桿には伸縮機能があったが、計器盤の下部にあるラダー(方向舵)ペダルについては何の措置もとられなかったため、小柄な搭乗員の場合、操縦席を上げるとラダーペダルに脚が届かなくなることがあった。
航空母艦(空母)のエレベーターの寸法11mに収めるため、垂直尾翼後縁のラインを三点静止の姿勢で垂直になるよう前傾させている。この措置と太い胴体のため、九七式艦攻と比較して寸詰まりという印象を受けた搭乗員もいた。
主兵装である航空魚雷には、九一式航空魚雷改三(改)または改三(改)の改良型である九一式航空魚雷改三(強)が搭載された。
後上方銃座の他に後上方銃座の死角となる後下方からの襲撃に備えて収納式の後下方銃座を装備している。B6N1 70号機までは、日本海軍の艦上攻撃機としては珍しく左主翼内に7.7 mm固定機銃を搭載していた。これは雷撃時に敵艦の対空機銃を制圧するために装備されたものだが、71号機以降は廃止されている。
離陸滑走距離短縮用のRATOの装備が予定されていたが、B6N2での搭載試験とRATOの配備がマリアナ沖海戦後になったため、実際に空母上で使用されることはなかった。
沖縄戦(菊水作戦)では、零戦や彗星よりは少ないものの、特攻にも投入されている。1945年2月21日に第三航空艦隊麾下の第六〇一航空隊所属の天山8機(雷装4機、爆装4機。途中で2機脱落)が第二御楯特別攻撃隊(他に直援の零戦9機と彗星12機)として香取基地を出撃、八丈島を経由して硫黄島沖の米艦隊を攻撃、天山隊の爆撃と体当たり攻撃によりサラトガと輸送船を大破させている。
製造は試作が行われた中島飛行機小泉製作所(群馬県邑楽郡小泉町・大川村)で始まり、1943年9月には新たに開設された半田製作所(愛知県半田市・亀崎町)に移行した。半田製作所では熟練工の徴兵により、西陣織の職人や学徒勤労動員で徴用された学生が愛知県のみならず京都府や静岡県、遠くは鹿児島県からも集められた。徴用された学生の中には、それぞれ後に俳優となる土屋嘉男と田村高廣もいた。学生による総組立も行われたが、熟練工不足に加え、月に2日のみの公休日に最大で1日12時間以上という長時間労働や劣悪な食事(雑穀を混ぜた主食に味噌汁、芋類の主菜のみ)、監督官による虐待などの労働環境も相まって、10機のうち使用に耐えられるのは2-3機のみとされる有様だった。
1944年夏から海軍は生産機種の絞り込みを計画し始め、1945年1月に彩雲を単発攻撃機及び夜間戦闘機兼用機とし、天山を生産中止とすることに決定した。この決定に従って彩雲の攻撃機及び夜間戦闘機改修工事が行われているが、B-29による爆撃等のため生産を切り替えることはできず、終戦まで天山の生産が継続されている。総生産機数は1,268機で、終戦時の残存数は187機だった。
戦後、アメリカ軍に接収された第一三一航空隊攻撃第二五四飛行隊所属の一二型1機(その他に2~3機接収されている)が、米本土での調査後にウィロウ・グローブ海軍航空基地(英語版)に屋外展示されていた。その後、風化が進んだことから1981年にスミソニアン国立航空宇宙博物館に移管され、現在も同博物館の保管施設において分解状態で保管されている。 アメリカ メリーランド州 国立航空宇宙博物館 ポール・E・ガーバー施設 保管中 I2-382(展示時) かつては屋外で展示されていたが、老朽化のためポール・E・ガーバー施設で修復待ちの状態である。
1978年(昭和53年)2月に愛媛県三崎町沖で引き揚げられたプロペラが、愛南町馬瀬山公園にある紫電改展示館で展示されている。
Wikiより GFDL上の著作権表示
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SPECIFICATIONS :
ROLE : ATTACKER
CODE : B6N2
NAME : TENZAN (CODE NAME JILL) MEANS HEAVENS MOUNTAIN (MOUNTAIN NAME)
FIRST FLIGHT : 1941
MANUFACTURER : NAKAJIMA
LENGTH : 10.808m, WINGSPAN : 14.894m, HEIGHT : 4.323m, EMPTY WEIGHT : 3,083kg, FULL LOAD : 5,200kg
ARMAMENT :
| NOSE | – |
| INSIDE WING | – |
| BEHIND | 2×7.7mm MG (UPPER AND UNDER) |
| SIDE | – |
| BODY | 1×TORPEDO TUBE 800kg or 1×MAX 500kg BOMB |
| UNDER WING | – |
CREW : 3
ENGINE : MITSUBISHI KASEI MODEL 25 RADIAL AIR-COOLANT ENGINE 1850hp
MAX SPEED : 481.5km/h
FERRY RANGE : 3,045km
SERVICE CEILING : 9,040m
ADDITIONAL :
諸元出典元 : 天山一二型取扱説明書より引用
LIST OF TYPES :
一一型(B6N1):十四試艦攻同様、護一一型を装備した型。生産数124機。
一二型(B6N2):発動機を火星二五型に換装した型。
一二甲型(B6N2a):後上方機銃を二式十三粍旋回機銃に、後下方機銃を一式七粍九旋回機銃に換装し、レーダーである三式空六号無線電信機四型を装備した武装強化型。
一三型(B6N3):発動機を火星二五乙型に換装し、エンジンカウル、風防等を再設計した性能向上型。試作機2機のみ。
PARTS LIST :
1/48 ハセガワ製 中島 B6N2 天山 JT61
0.3mm アルミ線
0.3mm 銅線
1/48 軍艦堂製 航空機パーツ類
1/48 ファインモールド製 日本海軍機シートベルト NC2
PAINT COLORS :
機体内部色 : 指示通り (TAMIYA ACRYLIC COLOR)
青竹色 : TAMIYA X-23 METALLIC BLUE 66.6% + TAMIYA X-25 CLEAR GREEN 33.3%
プロペラ : TAMIYA XF-10 FLAT BROWN
プライマリーサーフェイサー : CREOS HSF03 AQUEOUS BLACK SURFACER 1000
下地金属色 : GAIANOTES 123 STAR BLIGHT DURALUMIN
航空魚雷 : NOSE TAMIYA X-7 RED, BODY TAMIYA XF-1 FLAT BLACK, PROP TAMIYA X-31 TITANIUM GOLD
他 指示通り (TAMIYA ACRYLIC COLOR)
MODEL SIZE :
LENGTH:–mm
WIDTH:–mm
HEIGHT:–mm
TIME LINE :
2025年1月20日 製作開始
2025年11月**日 完成
REF.#B-001-002
POST SCRIPT :
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EDITOR : Yuj8r RETURN TO TOP
210TH NAVAL FLYING GROUP 第210海軍航空隊


その先端部分側も同様に開口しました。リベットパターンは後程、諄くない程度に盛ってみます笑

航空魚雷は、レジンで後部フィンすべてと、2重反転スクリューを作り取りつけてみました。この形状の航空魚雷の資料が探せど出てこないので、キット形状を基本に造りました。それっぽいから良しとして

