IJN AIRCRAFT 1/48 JAPAN

IJN MITSUBISHI
CARRIER-BASED FIGHTER A5M4 CLAUDE

KIT : 1/48 FINEMOLDS IJN TYPE96 CARRIER FIGHTER A5M4 “CLAUDE” FB22  

九六式四号艦上戦闘機
九六式艦上戦闘機(きゅうろくしきかんじょうせんとうき)は、日本海軍の艦上戦闘機である。海軍初の全金属単葉戦闘機。 略称は九六式艦戦または九六艦戦ないし九六戦。試作機は「九試単座戦闘機(略称は九試単戦)」。アメリカ側のコードネームは“Claude”(クロード)。後継機は零式艦上戦闘機。世界初の近代的艦載機として知られている。
設計に際し高速と空戦時の運動性に重点が置かれ、空気力学的洗練と重量軽減が追求された。堀越技師によれば、後の零式艦上戦闘機よりも会心の作であったと言う。
海軍制式機としては最初の全金属製低翼単葉機となった。設計当時、戦闘機を中心に主流となっていた張り線を使用した薄翼を採らず、高速時の空気抵抗減少のために張り線の無い厚翼を採用した。主翼外形は曲線を繋いだ楕円翼とした。また、国産実用機として初めてフラップを採用している。
空気抵抗の削減のため、世界初のHe 70に初飛行で遅れること3年、九六式陸上攻撃機と並び日本で初めて沈頭鋲を全面採用した。なお、九試単戦では慣れない鋲打ち作業で出来た表面の刺子様の窪みをパテで埋めて灰緑色塗料を厚めに塗った後に磨きを掛けている。
主脚は構造重量の増大や未舗装の飛行場での運用想定を勘案して引き込み式とはせずにできる限り小形とした固定脚とし、空気抵抗を抑えるため流線型のスパッツで覆った。これらの技術を盛り込んだ結果、当時の固定脚機の水準を超え、海軍の正式飛行試験において高度3,200m、正規重量での最高速度450km/hと公認される速度を発揮するに至った。
武装は、当時の戦闘機として一般的な7.7 mm機銃 2丁を計器板上部に装備した。照準器はスコープ式である。
1933年から1934年にかけて、欧米各国では軍用・民間用を問わず 単葉の高速機が順次開発されていた。しかし海軍では航空母艦への着艦と空戦時の旋回性を重視し、単葉への切り替えが遅れていた。1935年に制式採用された九五式艦上戦闘機も複葉で、速度は352km/時という低速であった。この性能では将来の戦闘は戦えないと判断した海軍当局は、1934年の次期艦上戦闘機の設計に際し九試単座戦闘機として、あえて艦上機としての性能を要求せず、近代的高速機を求めた。1934年(昭和9年)、三菱航空機と中島飛行機の両社に試作指示が出された。
1935年(昭和10年)に試作機が完成。審査の結果、三菱機が採用された。日本海軍初の全金属単葉戦闘機であり、諸元性能の飛躍が見られるエポックメイキングな機体である。また三菱機の設計を堀越二郎が行った。
設計主務者である堀越らは、試作にあたっては失敗に終わった七試艦上戦闘機の反省も踏まえて技術革新を促すため、要求は速度や上昇力など戦闘機に不可欠なもののみに重点を絞り、航空本部部長山本五十六海軍少将の指示でその他の条件は極力緩和するという方針が示され、本機は艦上戦闘機としての性能要求もされなかった(故に試作名称は「単座」戦闘機であり、「艦上」戦闘機ではない)。結果的にそれが功を奏し、両社ともに要求を上回る性能であったが、ことに全面的に新設計の機体で臨んだ三菱は陸軍向けのキ11を海軍仕様にしたに過ぎない中島機(1機のみ試作)を大きく上回る高性能を示し、関係者をも驚かせた。横須賀海軍航空隊の士官達は、九試単戦が要求を20ノット上回る243ノットを発揮したことに「各務ヶ原は空気の密度が小さいのだろう」と疑っていた。 三菱の試作機は都合6機製作されたが、最初の試作一号機は逆ガル型の主翼を持ち、続く試作機や量産された九六式艦上戦闘機とはかなり印象が異なる機体であった。実質的に九六艦戦の原型となったのは逆ガル翼を廃した試作二号機である。日本で初めて全面的に沈頭鋲を採用した機体でもある。
1937年(昭和12年)9月4日、加賀飛行分隊長 中島正海軍大尉指揮の九六式艦戦2機によるカーチスホーク3機撃墜が96式艦戦の初戦果となった。9月10日上海近郊の公大飛行場への渡洋爆撃を足掛かりに同年中には南京方面の中国空軍を駆逐するに至った。
太平洋戦争序盤1942年(昭和17年)までは、後継機である零戦の配備が間に合わず、鳳翔・龍驤・祥鳳・瑞鳳・大鷹の各空母、および内南洋や後方の基地航空隊に配備されていた。1942年末には概ね第一線から退き、以降は練習機として終戦まで運用された。

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SPECIFICATIONS :
ROLE : FIGHTER
CODE : A5M4
NAME : CLAUDE
FIRST FLIGHT : 1935 (PROTOTYPE)
MANUFACTURER : MITSUBISHI
LENGTH : 7.565m WINGSPAN : 11m HEIGHT : 3.237m EMPTY WEIGHT : 1,216kg
ARMAMENT :

NOSE2×7.7mm MG
INSIDE WING
BEHIND
SIDE
BODY
UNDER WING 2x30kg BOMB

CREW : 1
ENGINE : 1×NAKAJIMA KOTOBUKI-41 785hp
MAX SPEED : 435km/h
FERRY RANGE : 1,200km (A5M1)
SERVICE CEILING :9,800m

ADDITIONAL :

REVISION DESCRIPTION :
九試単座戦闘機(カ-14) : 試製機
一号(A5M1) : 寿二型改1を装備。7.7mm機銃2門。30機生産。
一号改(A5M1a) : 二号一型の主翼にエリコンFF型20mm機関砲を各1門ずつ装備した実験機。 二号一型(A5M2a) : 発動機を寿三型に換装、プロペラを3翅とした。 前期型は背びれが低い。 後期型は背びれを高くする代わりに保護棒を廃止。
二号二型(A5M2b) 前期型 : 発動機の過冷防止、風圧に対する操縦者保護のため、胴体を太くしてカウルフラップ、および密閉式風防を取り付けた。
二号二型(A5M2b) 後期型 : 視界不良とされた密閉式風防が取り外されて、代わりに操縦者保護のため背びれを高くした。 昇降舵系統に剛性低下操縦方式を導入
三号(A5M3a) : 二号一型艦戦を改造し、20mmイスパノ型モーターカノン砲とイスパノ12Xcrs水冷発動機を装備した実験機。2機製作された。その後、空冷エンジンに再換装され、前線に配備された。
四号(A5M4) : 発動機を寿四一型に換装。最も多く生産された型で、三菱の他に佐世保工廠、九州飛行機などで合計約 1,000機が生産された。
二式練習用戦闘機(A5M4-K) 九六式艦戦を複座化した練習機。

PARTS LIST :
1/48 ファインモールド製 九六式四号艦戦 [蒼龍飛行機隊] FB22
代替製品
1/48 ファインモールド製 九六式二号二型艦上戦闘機 FB20
1/48 ファインモールド製 九六式四号艦上戦闘機 FB21

1/48 ファインモールド製 日本海軍機用シートベルト NC2
1/48 軍艦堂製 レバー 回転式 GK48009
1/48 軍艦堂製 レバー H=1.0mm GK48005
ニッケルチタン線ストレッチ線
真鍮線0.2mm, 0.3mm, 0.5mm

PAINT COLORS :
機体上面色 : CREOS C8 > CREOS
機体下面色 : 〃
国籍マーク : 塗装再現部 CREOS C385 RED (IJN AIRCRAFT MARKING)
ブルー:CREOS C5 BLUE > CREOS C65 BRIGHT BLUE
レッドライン:CREOS C3 RED
トップコート : EX-10 EX-FLAT CLEAR PREMIUM (CONTAINS FLUORINE)

MODEL SIZE :
LENGTH:-mm
WIDTH:-mm
HEIGHT:-mm

TIME LINE :
2024年**月**日 完成
2024年11月21日 製作開始

REF.#A-003-**

POST CSRIPT :

EDITOR : Yuj8r RETURN TO THE TOP

IJN SORYU’S AIR GROUP, NO.348TH “HOKOKUGO”, KASANOHARA AIR BASE, JAPAN, 1941
空母蒼龍飛行機隊 報国第348号機 第一女教員號 1941 鹿児島県笠之原基地

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