IJN VESSELS 1/700 JAPAN

IJN
AIRCRAFT CARRIER HOSHO

KIT : 1/700 FUJIMI IJN AIRCRAFT CARRIER HOSHO TOKU-51


JULIETT – QUEBEC – ALFA – ALFA (HOSHO CALL SIGN)

鳳翔
最初から航空母艦として起工された中で、世界で最初に完成して第二次世界大戦に実戦投入された艦である。
イギリス海軍のハーミーズの方が起工されたのは早かったが、完成は遅れ鳳翔より後になっている。
なお、ここで述べている「世界で初の艦」というのはあくまでも「設計・開発段階の当初から純粋空母としての運行を目的として建造された艦(正規空母)として世界初」の意味である。
着工した時点では特務艦として類別され、艦名は「竜飛」を予定していたが、途中で「鳳翔」に改名された。
改装でアイランドを撤去、3本煙突を固定後の「鳳翔」(1924年) 建造当初は起倒式の3本煙突と、安定性強化のため当時の新技術であったジャイロ・スタビライザーを採用している。全通形式の飛行甲板のために8cm高角砲2門は甲板内に引き込み式としたほか、アイランド構造の戦闘指揮所を持っており、右舷に艦橋と煙突を集中させたことから、新造時から近代空母の雛形としての形状を成していた。しかし艦体が小さかったことから、アイランド式艦橋も煙突も、どちらも運用上の障害となり、1924年(大正13年)の改装時に煙突は倒した状態で固定された。またアイランドも撤去され、フラットデッキ化が徹底される。 その後、船体各部の補強を行い、航空機着艦時に使用する制動装置も、制動力が低く甲板上での作業もし辛かったイギリス式の縦策式からフランス式の横策式に変更した。ほか、復元性の維持の為に引き込み式の8cm高角砲を撤去、機関方式の変更など、細かな改修がなされた。しかし元来の艦型が小型であり、また日本海軍は艦載機用カタパルトを開発できなかったため、太平洋戦争開戦後の最新機を運用することは不可能だった。これは航空技術が大きく進歩を遂げ、複葉布張りの軽量な航空機から、全金属製単葉の大型で重量のある航空機へと進化を遂げていったためである。重量のある航空機を運用するには、より大きな飛行甲板が必要だった。
1919年(大正8年) – 12月16日 浅野造船鶴見造船所にて起工。
1921年(大正10年) – 11月13日 進水、以後の艤装工事は横須賀工廠で行う。
1922年(大正11年) – 12月27日 竣工。
1923年(大正12年) – 2月22日 イギリス人ジョルダンが、鳳翔に世界初の着艦に成功。ジョルダンは賞金1万5千円を獲得した。 3月5日 鳳翔に吉良俊一大尉が日本人で初めて着艦成功。吉良大尉は海軍大臣加藤友三郎から表彰された。
1924年 – 改装工事に入る。
1925年(大正14年) – 連合艦隊編入。
1928年(昭和3年) – 第一航空戦隊に編入。
1936年に艦長を務めた草鹿龍之介によれば、当時の「鳳翔」は航空用ガソリンタンクがなく、航空用ガソリンを石油缶に詰めて艦内に保管していたので、煙草どころかライターの持ち込みも厳禁だったという。
1932年(昭和7年)2月、上海事変で出撃。搭載機が日本機として初の撃墜を記録。
1935年(昭和10年)9月、台風による暴風雨で艦首の飛行甲板を損傷(第四艦隊事件)。
1937年(昭和12年)8月、日中戦争に参加。 日華事変参加後、後予備艦。
1940年(昭和15年) – 復帰。第三航空戦隊に編入。
1942年(昭和17年)6月のミッドウェー海戦では九六式艦上攻撃機6機を搭載し、直衛、警戒艦として戦艦を基幹とするミッドウェー島攻略部隊主力に編入されたが交戦は無かった。なお、炎上大破して漂流する飛龍の写真は鳳翔の搭載機が撮影したものである。 その後、新型機に対応するため飛行甲板やエレベーターを拡大したために外洋航海に支障が生じ、訓練用空母として内海で運用されることになった。開戦後に建造され、小破または中破のみで終戦まで生き残った空母は他にも数隻存在したが、開戦時に日本海軍に在籍していた艦艇の中で無傷で終戦を迎えたのは鳳翔のみであった。 戦後は延長した飛行甲板を撤去した上で復員輸送艦として使われ、1946年(昭和21年)8月まで内地と南方間を9往復して、およそ4万人の将兵と民間人を輸送した。
その後は1946年8月31日~1947年(昭和22年)5月1日、大阪の日立造船桜島工場で解体され生涯を閉じた。
桜島工場では葛城も解体されており、最初から航空母艦として起工され完成した最初の艦と最後の艦が奇しくも同じ工場で解体されていたことになる。

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SPECIFICATIONS :
TYPE : AIRCRAFT CARRIER
COMMISSIONED : 1921 FATE : 1946 SCRUPPED
CLASS : –
NAME : HOSHO (MEANS FLYING PHOENIX)
DISPLACEMENT : STANDARD 7,470t, FULL ROAD 10,500t, TEST 9,330t
LENGTH : 179.5m BEAM : 22.7m
ARMAMENT :

PRIMARY GUN4×14cm SINGLE GUN
SECONDARY GUN
AA GUN2×8cm SINGLE AA GUN
AA MGEXPANSION 6×13mm TWIN MG
EXPANSION 2×25mm TWIN MG
MG
ROCKET LAUNCHER
TORPEDO
DEPTH CHARGE
OTHERS

AIRCRAFT :
1921 : 6×CARRIER-BASED FIGHTER, 9×CARRIER-BASED ATTACKER, 6×AUXILIARY TOTAL21
1941 : 8×CARRIER-BASED FIGHTER+3, 6×CARRIER-BASED ATTACKER+2 TOTAL19
1942 : 9×A5M CLAUDE (96KANJYO SENTOUKI), 6×B4Y JEAN (96KANJYO KOUGEKIKI) TOTAL 15
OCT. 1942- : N/A (0)

ADDITIONAL :

LIST OF SHIPS :

PARTS LIST :
1/700 フジミ製 日本海軍航空母艦 鳳翔 特-51

PAINT COLORS :
プラサフ : GAIANOTES GS-03 SURFACER EVO BLACK
船体 : CREOS C32 DARK GRAY (2) 50% + CREOS C62 FLAT WHITE 50% (FOR WETHERING)
リノリウム抑え : CREOS MC219 BRASS
リノリウム甲板 : CREOS C41 REDBROWN (REPLACE C606)
甲板 : CREOS C39 DARK YELLOW、CREOS C43 WOOD BROWN、CREOS C44 TAN (MIX 4TIME MASK PAINT)
帆布 : XF-2 FLAT WHITE 80% + XF-57 BUFF 20%
ワイヤーリール アンカーチェーン : TAMIYA XF-56 METALLIC GREY
錆再現 : TAMIYA X-6 ORANGE, XF-64 (NO MIX)
左舷舷灯と信号灯等 : TAMIYA X-7 RED
探照燈レンズと無灯火信号灯 : TAMIYA X-11 CHROME SILVER
右舷舷灯と信号灯等 : TAMIYA X-28 PARK GREEN
ファンネルキャップ : CREOS C33 FLAT BLACK, TAMIYA XF-1 FLAT BLACK (RETOUCH)
碍子や添加色 : TAMIYA XF-2 FLAT WHITE
短艇防舷物 : TAMIYA XF-52 FLAT EARTH
船体チッピングレタッチ : XF-53 NEUTRAL GRAY
アンカー及びチェーン : TAMIYA XF-56 METALLIC GRAY
他説明所通り

MODEL SIZE :
LENGTH :–mm
WIDTH : –mm
HEIGHT –mm

TIME LINE :
2012年01月01日 完成
20-年-月-日 製作開始
REF.#*-000-000

POST SCRIPT :

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1941

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